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開戦(大陸歴939年9月2日)

開戦(大陸歴939年9月2日)

大陸歴939年9月1日22:37。
ライエルンジーゲン特別市/国防軍最高司令部・陸軍参謀本部

「……結局、ゴール共和国への宣戦布告はなし、か」

物憂げな口調で呟きながら、初老の将軍……陸軍参謀総長クレメンス・フォン・ジーベルト上級大将は、室内に居並んだ幾人かの参謀達に向かって、ぼんやりと視線を投げかけました。
宿敵ゴール共和国との開戦まで、あと2時間弱……ライエルン陸軍に於けるエリート中のエリートたる参謀本部の高級幕僚達も、その表情は緊張で堅くなっています。

「はい、閣下。総統府及び外務省としては、共和国側に対しては、2日前に外交ルートを通じ、期限の定めのない最後通牒を交付している事から、戦時国際法上、宣戦布告を行う必要は無い、という考えのようです」

参謀総長の問いに、青白い顔色をした参謀の一人が半ば機械的な口調で回答を口にすると、周囲の同僚たちも異口同音にその言葉を肯定します。
その様子に、内心苦笑を禁じ得ないジーベルトでしたが、その感想は胸の奥にそっとしまい込み、表情に出す事はありません。

「ふむ。まぁ、法律論としては、それで正解ではあるのだろうが……何というかな、些か味気ない気もするね」
「小官も同感ではあります……が、単なる形式的な手続に、必要以上の時間や労力を費やすのは無意味というものでしょう。
おそらく、共和国や連合王国からは”宣戦布告なき開戦”と非難の大合唱が湧き起こるでしょうが、好きなように批判させておけばよろしいのでは?」

(まぁ、確かにそれが正論ではある。
……とはいえ、どうにも無味乾燥なやり方だと感じられてならないのは、私の感性が古臭くなっているせいだろうか……?)


大陸歴939年9月1日23:18。
ライエルンジーゲン特別市/区/フリンゲル邸内。

「貴方、まだお休みになりませんの?」

良人の体調を気遣い、心配そうに話しかけて来る妻に向かって、ゴットリープ・フォン・フリンゲル陸軍少将は風邪による発熱で朦朧としながらも、弱々しく頷き返しました。

「お気持ちは分かりますが、無理をなさる必要はありませんわ。
きっと、万事うまく行きますよ……たとえ、貴方が望んでいた形ではないとしても」

反射的に反論しようとしたものの、上手く言葉に出来ず、押し黙るフリンゲル。
"金の場合"の基本戦略を巡る一連の争論に於いて、提唱した”プランB”が惜しくも不採用に終わり、戦略家としての面目を失した形となった少将ですが、
皮肉な事に、議論に積極的に関わった3人の主任参謀及び親衛隊連絡将校の中で、現在もなお、陸軍参謀本部に残っているのは彼一人だけとなっていました。

(はあ……不甲斐ない。”プランB”が採用されなかったのは、不本意な事とはいえ、甘受できますが、まさか、こんな体たらくでこの日を迎える事になろうとは。
皆さん、今は、それぞれの立場で、開戦の瞬間を迎えようとしていらっしゃるというのに……)

胸の中で独りごちつつ、時には口角泡を飛ばし、辛辣な批評を投げ付け合いながらも、真摯に議論を交わした朋友たちの姿を思い浮かべる、主任参謀。
”プランA”の発案者であるマルティン・クロースナー上級少将は、中将に昇進の上で、A軍集団の参謀長に任じられ、現在は西部戦線に赴いていますし、
長らく中立を保った末に、最後の定例会議に於いて”プランA”への支持を表明し、同案を正式採用へと導いたハインツ・ヴェーゼラー少将は、
同じく上級少将に進級の上で、国内総予備軍司令部の首席幕僚として国防軍の後方部門の実務責任者に抜擢されました。
また、親衛隊連絡将校として、親衛隊作戦本部と陸軍参謀本部との利害調整を担っていたカイザー・フォン・グロースファウストSD上級少将は、
親衛隊作戦本部の意向に反して、最後まで”プランB”に賛同する姿勢を改めようとしなかった事が親衛隊上層部の不興を買ったらしく、
連絡将校の任を解かれて参謀本部を去った後、親衛隊装甲軍の第1SD装甲軍団に所属する第12SD装甲師団の副師団長に左遷されてしまいました
(もっとも、首都での参謀業務よりも前線勤務の方を好んでいた彼にとっては、この人事はむしろ僥倖と感じられるものだったのですが)。

(”プランB”が不採用に終わり、国防軍内での参謀としての評価が多少低下してしまったのは否めませんが、
おそらくはそのお陰でしょう、栄転の対象からも左遷の対象からも外されて、今もこうして参謀本部勤めを続ける事が出来ています。
なればこそ、せめて、開戦の日は参謀本部で迎えたかったのですが、まったく、人生にはままならぬ出来事が多すぎますね……)

大陸歴939年9月1日23:56。
ウーバーザクセン州ノイエス・ハノーフェル市/西方総軍司令部。

「……作戦開始まで、あと3分と少々、といった所じゃな?」

堅い表情を浮かべつつ、傍らに侍立している副官に向かって、西方総軍司令官ミヒャエリス・フォン・ケラーマン陸軍元帥は、落ち着いた口調で問いかけました。
緊張のためでしょうか?丁度ひと呼吸分、反応が遅れてしまった副官が、冷や汗の滲む指先で、胸元に下げた懐中時計の分針を確認します。

「し、失礼いたしました。仰る通り、あと3分程です」
「空軍の爆撃機隊は、既に国境を越えて共和国領上空に侵入しておるじゃろうな。もしかすると、既に爆撃を始めておるやもしれん……」
「はい、元帥閣下。公けにはなっておりませんが、国防軍特殊作戦旅団(通称”リンデン部隊”)をはじめとする各特務部隊も、既に共和国領土内での任務に着手しております」

うむ、と短く頷いたケラーマン元帥は、心臓の奥に鈍い痛みを覚えつつ、静かに瞑目しました。
この数年来心臓を病み、特に今年に入ってからは、公務の最中に体調を崩す事も多くなっているライエルン陸軍の宿将は、
(周囲には黙して語ろうとはしないものの)ここ最近、死期の訪れを意識する事が多くなっていました。
今この瞬間も、老元帥の脳裏には、二度にわたるゴール共和国軍との戦い(ヴェーヴェルスブルク戦役)に於いて、祖国を守るために勇敢に戦い、命を散らしていった同僚や部下達の姿が走馬灯のように去来しています。

(フフ、皆、儂が来るのを首を長くして待っておるじゃろうな。
……じゃが、すまんのう、戦友達よ。今少しだけ、この老体がこの世に留まる事を許してはくれまいかの。
この戦いが我らが祖国ライエルンの勝利で終わるのを見届ける、その瞬間までは、どうか……)

●マスターより
PBWアライアンス【Reyernland über Alles! シナリオ#1”金の場合”】最終リプライ『開戦(大陸歴939年9月2日)』をお送りいたします。

なお、本リプライは、断章形式での公開となります。
そのため、参加者の皆様からのプレイングの募集は行いません。
これまでのゲーム期間内に制作された全てのリプライを元に、最終的な判定結果を導き出した上で、執筆・公開を実施いたします。
『第六猟兵』/そらみみ様/安藤竜水/(C)トミーウォーカー